水銀成分。

好きなゲームや何かに対するあれこれ。
愛すべき人工無能
私はAIとか人工知能とか学習機能とか呼ばれるものが好きだ。

昔ファミコンで遊んでいた頃、ドラクエ4で人工知能(AI)搭載!なんて銘打っていて、初めてAIなるものを知った。特に戦闘が好きだったわけでもない私は、勝手に戦ってくれたらどんなに便利だろうかと胸をときめかせた。むしろ勝手に歩き回ってレベル上げて、MPが尽きたら街に戻っておいて欲しいくらいの勢いだったのだが、もちろんそんなことはなく。

その時点の味方の攻撃力や敵の強さによって、一撃で倒せる人は一人でAを、とか、他はみんなでBを攻撃、とか、効率よく倒して回復のMPを節約したいと思っているのに、中々上手く行かず。

あまつさえ、クリフトは隙あらばボスにザキを唱えようとしたりする。AIはもしかしてこいつにザキが効くことを分かってて唱えたのかと。ボスに即死魔法が効いたら色々な意味でぶち壊しなので、一瞬ギョッとしたものの、やっぱり効く筈もなく。(´・ω・`)

…結局気付いたら全員自分で操作していたのだった。

というわけで相当使えない印象があったのだが、過剰な事をさせなければいいのだと思う。「がんばれ森川君2号」はAIの駄目さ加減も楽しむというところがものすごく面白かった。
「うわ爆弾を食べた。絶対食料と勘違いしてる」とか。「マップにスイッチがあるのに無視してヒヨコに直行しやがった」とか。
まさに「人工無能」という感じ。

とはいえ、全部AIが遊んじゃって人はそれを見ているだけ…なんてものが発売されたら、それはシミュレータか映画のようなものだと思うので、便利さは程々に抑えて、適度に人が介入した方が面白い気がする。

でも。ゲームでは無理だとしても、いずれ会話プログラムで人格らしきものを作って遊べたら面白いよなー。難しいけど。
がんばれ森川君2号
大学生で、丁度卒業研究の頃に遊んでいたゲーム。
タイミングよくニューラルの学習とか人工無能のゲームがあったことを今でも幸運に思う。

初期学習は大切だ…と痛感することしきり。
とにかく早いうちに世の中をきちんと見せてしまうと、変な重みがつかなくていいよなぁ…などと思うけれども、それを人間に当てはめようとすると到底無理だ。人間はもっと賢いからいいんだけど。

がんばれ森川君2号
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